患者と家族の狭間で

在宅医療の現場から

※初出:どくとるマンボウ在宅記(初出:へるす出版『在宅新療0-100』第1巻第5号 2016年5月)

外来・訪問診療を行っていたクリニックから、在宅専門クリニックに移って1年が経過しました。在宅クリニックならではの事例が多く、毎日が勉強です。この場で新たな学びを共有できたらと思います。

今回は癌末期の患者とその家族との狭間で悩んだ症例のご紹介です。

「生きていても意味がない」

全身倦怠感が強くなり本人家族の希望でPCA導入後の家族の一言です。医療者としてこの言葉は胸に刺さりました。生きることの意味は何か、臨死の状態は無意味ないのかと考えさせられました。

改めてPCAとは?

PCAとは Patient Controlled Analgesiaの略称で、「自己調節鎮痛法」 の意味です。通常モルヒネ系の注射剤を静脈あるいは皮下からPCAポンプと呼ばれる機械を用いて投与します。PCAポンプの最大の特徴は、痛みに対し患者自らレスキューのボタンを押すことで疼痛コントロールできる点です。在宅では管理の問題から皮下注射で行われることがほとんどです。

PCA導入前の状況

患者は80台女性、主病名は肺癌、転移性脳腫瘍、癌性心膜炎です。

現病歴は3か月前右下肢脱力症状出現。入院精査の結果、肺癌からの脳転移と判明しました。γナイフ治療施行するも病状進行あり、自宅看取り方針で退院となりました。退院と同時に当院より在宅訪問診療開始しています。6年前に肺癌末期の夫を在宅で看取っています。他人が家に入るのを好まず、本人・家族のみで介護し介護保険も使わなかったそうです。夫はPCAポンプ導入の後、安らかに眠るように最期を迎えたそうです。そのときの経験から、しんどくなったら『お弁当箱』を使ってほしいと本人が希望されていました。弁当箱とはPCAポンプのことで、首からぶら下げているのが弁当箱に似ていたことからそう呼ぶようになったようです。

家族は長男夫婦が同居しており、次男夫婦も近隣に在住しています。夫が起こした会社を家族経営しており、金銭的には余裕があります。今回も介護保険は利用せず、介護は家族だけで行い自費で介護ベッドなどをレンタルしています。当院とは訪問診療のみのかかわりです。訪問診療開始後より疼痛コントロールでオピオイド内服を開始しました。ベースはオキシコンチン10mg/日、レスキューはオキノーム散5mg/回の内服でしたが、副反応の嘔気が強く継続し、制吐薬も効果なく、食事が取れない状況が続きました。 このためフェンタニル貼付薬フェントス2㎎と口腔粘膜吸収癌性疼痛治療薬イーフェンバッカル100μgに変更したところ一時的に状態が安定しました。

各人の思い

PCA導入の状況

私はこれまで在宅でPCAを導入する機会がありませんでした。いつかは機会が来るだろうと思っていましたが、その時は突然やってきました。患者は徐々に意識レベルが低下し、食事摂取も減少していました。このため、TTC(注)発動し毎日訪問診療を行っていました。当院では緩やかな主治医制をとっており、休日夜間は当番医が対応することになっています。

ある休日、主治医ではなく当番医として訪問診療を行いました。初対面で本人・家族と信頼関係を構築できていないなか、診察しお話を伺いました。本人は前日しんどくて夜中寝られなかった。起きているのがしんどい。楽にしてほしい。眠らせてほしいと訴えます。長男夫婦も前日の様子があまりにしんどそうだったため、「母の言うとおりにしてください」といいます。

それではと、かねてからお話ししていたPCA導入を勧めました。PCAにより持続的に薬が入ること、必要に応じレスキューボタンを押せることを説明し、苦痛なく眠られるようにしましょうと説明した。

(注)TTCとは「とことんケア」の略語。末期癌患者では状況が刻々と変化することがあり、きめ細かい対応をするには診療報酬に結びつかないサービスが必要となることもあります。当院ではTTCが発動されると診療報酬を度外視し患者のためにとことんケアを行う体制となります。

薬剤選択について

貼付剤と同系列のフェンタニル0.6㎎/日とセレネース10㎎/日をベースに、1回レスキュー1時間相当分、ロックアウト15分で設定しました。

導入後の経過

翌日も当番医として訪問しました。PCA導入後の意識レベルは呼びかけに覚醒し返答しますが、すぐウトウトする傾眠傾向で苦痛表情は認めませんでした。前夜はぐっすりよく寝られたようです。このため疼痛コントロールは良好と判断しました。 本人も「楽ですこのまま眠らせてください」と小声ながらはっきりいいました。

一方、家族は眠ってばかりで、話もできないし、食事に起きることもできない。こんなに寝てばかりでは生きている意味がないといいます。こんな状態になるとは思わなかった。食事の時はすっきり起きて夜にはぐっすり寝てほしいという。家族には起きて食事をするレベルまで覚醒すると倦怠感や苦痛症状も出ます。本人にとって今が一番いい状態ですよと説明するも納得行かない様子でした。

2日後、遠方の家族と面会時に話せるようにしてほしいと希望がありセレネースを一旦中止しフェントスのみに変更しました。その後、意識レベルは以前のようには戻らず、覚醒によって身の置き所ない倦怠感が出現しました。家族はようやく納得され再度セレネースを再開することになり、5日後に亡くなりました。亡くなった後に、家族からはいい最期でしたと感謝のことばをいただきました。

学び

本人の早く楽になりたいという気持ちと、家族の少しでも長く元気な状態でいてほしいという想い狭間で対応に苦慮した症例です。在宅看取り前提での退院であったため、家族は最後の時が近いことを頭では理解していました。しかし、病状進行が思っていた以上に早く、気持ちの整理がついていなかったように感じました。そして動揺、不安、苛立ちの感情が医療者に向けられる構図になっていました。

生きていても意味がないとの言葉は、生きる意味とは何か?死を迎える状態は意味がないのか?など考えさせられました。それと同時に医療者に対する不信感、怒りの現れとして胸に響きました。

今回の症例は在宅開始から看取りまで約3週間の関わりでした。限られた診療時間で、家族と看取りのイメージを共有することが困難であると感じました。本人の意志を尊重し、家族の揺れる思いに寄り添いながら丁寧に繰り返し説明して行くことが在宅医に求められることだと思います。

在宅専門クリニックの特徴は、末期がん患者の看取りケースが比較的多いことです。出会いから看取りまでの時間が短く、数日間、時には数時間ということもあります。この間でいかにチーム全体として患者・家族の想いを引き出し、ラポール形成に至るかが在宅看取りの大きなポイントとなります。末期癌患者の場合、訪問診療に加えて、訪問看護・リハビリ、マッサージ、ヘルパー、ケアーマネージャーなど他職種が関わることが多くなります。それぞれが専門性を生かし、患者・家族とコミュニケーションを図ること自体が癒やしに繋がり、看取る心の準備ができると考えています。そして当院の強みは経験豊富な他職種の存在にあります。

今回のケースでは診療以外の他職種のかかわりがありませんでした。他職種が入れていたらもっと別の展開があったかもしれないと思っています。