初めの出会いがすべて

在宅医療の現場から

※初出:どくとるマンボウ在宅記(初出:へるす出版『在宅新療0-100』第2巻第3号 2017年3月)

訪問診療で初めて患者さんやご家族と対面するときにはいつも緊張します。私たちの診療所で訪問診療が開始される時には、あらかじめ事務職員や看護師が患者さんのお宅に伺って、これまでの経緯や現在の病状、内服状況、家族関係などを「インテーク」として纏めます。在宅医はそれを事前に目を通してから、初回の診療に伺うことになるのですが、予想以上に色々な問題がある場合や、患者の状態が異なる場合などがあり、やはり実際に会って話を聞かないとわからないことが数多くあります。

今回のテーマは、「初診時のコミュニケーション」です。上手くいった例と上手くいかなかった例をご紹介した上で、在宅医のコミュニケーションについて考えたいと思います。

上手くいった例

上行結腸がんの術後再発の70代女性Aさんのお話です。病院主治医からは、全身リンパ節転移があり積極的治療は不可能のため、自宅での療養をすすめられました。当院へは、そのタイミングで訪問診療の紹介がありました。診療情報提供書によれば、予後は数ヶ月程度とのことでした。

Aさんのその時点での日常生活動作(ADL)はほぼ自立で、自分で炊事も行っており、夫と一緒に買い物にも出掛けていました。家族構成は夫と、同居の娘家族です。これまでAさんの病院受診は、夫が付き添っていました。 インテークでは、夫が在宅診療の必要性をあまり理解されていない様子で、疾患以外のことについて聞かれると「そんなことを聞いてどうする」と、明らかに不満そうだったようです。「病院から見放された」との想いから、医療機関に対し不信感が募っていたのかも知れません。

そんなわけで初診は緊張して伺いました。Aさんは精神疾患の既往があって、自分の訴えを表出することはやや困難な様子でした。はじめは「困っていることはありません」ということでしたが、よくよく聞いてゆくと腹部の痛みが相当強く、痛みで夜も寝られない程であることがわかりました。これまでもずっと我慢していて、病院主治医にもその事を伝えられていませんでした。鎮痛剤はアセトアミノフェンのみが処方されていましたが明らかに疼痛コントロールができていない状況です。

「一番困っている痛みを何とかしましょう。痛みは我慢しなくていいんですよ。痛みは医療用麻薬を上手く使うことで抑えられます」と提案しました。Aさんも夫も同意されたので、オピオイドを早速開始することにしました。

そして、腹痛の次に困っていることを尋ねると、左膝が痛くて歩きにくいことでした。変形性膝関節症です。エビデンスレベルは高くないものの、膝の痛み改善とADL向上を目的に、ヒアルロン酸関節注射も実施することにしました。

約1時間じっくり時間をかけて、主にAさんの困っていることに焦点をあてて話を聞きました。初めは堅い表情だったご主人も、次第に自分から話しをされるようになりました。これまでは心療内科と循環器内科にも通院していましたが、訪問診療で一緒にこれらの薬も出してほしいと依頼されました。そして、診察が終わって帰る際には、玄関外まで出てお見送りをしていただけました。

在宅診療は、困ったことに対応してくれるのだと、理解していただけたと思います。

上手くいかなかった例

認知症を発症して10年位の母と、介護者である娘さんの二人家族のお宅に初診で伺いました。これまで認知症の周辺症状が活発で、徘徊や介護に対する抵抗もあり、娘さんはとても大変だったようです。いままでの苦労を労いながら話を伺いました。最近になって食事量が減ってきて、ほとんど反応がなくなり寝たきりの状態でした。認知症の末期で、いよいよ看取り段階と判断しました。

訪問診療開始時には、本人・家族が看取り段階にあることを認識していないことがよくあります。残された時間が短いこと、死が迫っていることを理解していただいて、「楽なように」「やりたいように」「後悔しないように」それぞれの最期を迎えてもらえるように、私たちは心を配ります。このためには、余命が短いことはできるだけ早めに伝える必要があると考えています。

この方の場合も、娘さんのお話をじっくりとうかがった後で、「お母さんには最期の時間が迫っています。食べられないのであれば、あまり無理に食べさせなくてもいいでしょう」と伝えました。そして娘さんの介護負担がかなりありましたので、訪問診療に加えて訪問看護も導入することにして初診を終えました。

数日後、訪問看護が入った時のことです。娘さんが「この前、見にきてくれた先生に、母はもう食べられないと言われたことがショックだった。まだ、私はあきらめたわけではありません。食べられるようにさせて、あの先生を見返してやります。」と発言されたと聞きました。これまでの経過をじっくり聞いた上で、今後の見通しを話したつもりだっただけにとても残念な気持ちになりました。コミュニケーションは難しいと改めて感じました。

結局その後、その方は数週間で亡くなりました。私は主治医ではなかったため、その後、娘さんと直接会うことはありませんでした。どのような気持ちでお母さんの最期を看取ったのか気になりました。納得がゆく最期であったならと思っています。

在宅医のコミュニケーション

在宅医の仕事の大半は「話をすること」です。もちろん、問診・触診・聴診など身体診察や血液検査などごく限られた検査は行いますが、圧倒的に問診を含めた話になります。従って「コミュニケーション能力」は非常に大切です。

ある程度のコミュニケーションスキルは、学習することが可能です。相手の言葉を繰り返す「オウム返し」、適度にアイコンタクトをとった「相づち」、ある程度話したところでまとめる「バックトラック」など数多くあります。しかし、相手があることですから、「こうすれば必ず上手くゆく」というものはありません。

末期がん患者や高齢者で自宅看取りの方針の場合には、残された時間が限られています。初診の時点で、今後の見通しや「最期を、どこでどのように過ごしたいか」などの患者や家族の想いを聞き、今後の方針を決定する必要があります。ここで初対面でいかに信頼関係を築き、良好なコミュニケーションをはかるかが重要なポイントです。

初診時のポイント

初診における「コミュニケーションのポイント」は次のように考えています。

1.とにかく話をじっくり聞く

医師は多忙であるため、外来受診時や入院中に患者や家族は余り話しをする時間がありません。在宅診療を受ける理由さえ説明されていないこともあります。従って、まずはじっくり話しを聞くことが必要です。 幸い当院は複数医師体制となっているため、初診には1時間程度かけることができます。単独診療の場合では、そんな時間はかけられないかも知れませんが、話を聞く姿勢が大切だと思います。

2.患者や家族の困っていることに焦点を当てる

現在困っていることに焦点をあてて解決方法を考えます。痛みなどの苦痛があれば、まずそれを緩和することを最優先します。苦痛があると「残された時間をどう過ごすか」に思いをはせることは困難だからです。病状以外の「日常生活で困っている点」についても伺います。それによって、「介護サービスの導入」などをケアマネージャーと相談します。時間が無ければ一度ですべての情報を入手しようとせず、複数回に分けて情報入手しても良いと思います。

3.患者や家族の考え方、性格を出来るだけ把握し言葉を選ぶ

短時間でこれら全てを把握することは現実的には困難ですが、「相手の反応を見ながら」言葉を選ぶ必要があります。 前述の「失敗例」では、娘さんの視線、身振り手振りなどの「非言語コミュニケーション」を私が上手くくみ取ることが出来なかったことが原因ではないかと反省しています。

在宅専門クリニックにきて2年が経過しますが、まだまだ経験が必要だと感じています。